2017-03-30

子供の長い引きこもりを許して「生活無能力者」にするな


仕事に就かず、学校にも行かず、親に面倒を見てもらって部屋に引きこもる若年無業者(ニート)は、2016年版「子ども・若者白書」によると約56万人になっていることが分かっている。

2012年までは60万人以上だったので減ったことは減った。しかし、2014年の「子ども・若者白書」で「景気が改善傾向にあるのでニートが約3万人減少した」と内閣府が分析を出して大炎上と大批判が湧き上がったのは記憶に新しい。

ニートの統計は「15歳から34歳の若年無業者」を対象にしているのだが、政府は「若年」というのを34歳までと決めている。35歳になると「若年」ではないので、自動的にニートの定義から外れる。

つまり35歳以上の無業者は「若年無業者」の統計に統計に含まれないのだ。

この統計の対象となった2013年の時点で3万人減ったというのは、ニートが高齢化して35歳以上の方に移行しているからだ。景気の改善はまったく何の関係もない。

それを隠して「景気の改善によって減った」と分析したので、政府は批判を浴びた。減っていなかった。ただ統計からカウントされなくなっただけだったのだ。


長い引きこもりで完全に「生活無能力者」になる


兵庫県明石市二見町で、76歳の母親が49歳の長男に殴り殺された事件があった。

この長男は仕事もしないで家の中でぶらぶらして過ごし、母親の年金に寄生して生きていた。

早い話がこの男も「ニート」と同じようなものだが、政府の定義では「ニートは34歳まで」だから、ニートに含まれない。単に「無職」である。

この49歳の働かない息子は、「食事を作らなかったので腹が立った」ので、76歳の母親の顔を拳で殴った。

働かないでぶらぶらしている息子が食べさせてもらっている母親を殴るのだから、頭がどうかしている。結局、それが元で母親は死亡した。

ところで、その1ヶ月前にはよく似たような事件があった。

奈良県香芝市で起きた事件だったが、81歳の母親の年金に寄生して生きていた55歳の男が、死体遺棄の疑いで逮捕されていたのである。

81歳の母親が台所で倒れて死んだのだが、55歳の無職の息子はそれをそのまま5日間放置して暮らしていた。

この男も引きこもって母親に食べさせてもらっているニートのような存在だった。しかし55歳なのでニートの定義からは外れ、単なる無職である。

55歳にもなった男が、死んだ母親をどうしたらいいか分からずに5日間も放置していたのだから、異常極まりない。

長い引きこもりで完全に「生活無能力者」になっていたことが分かる。実は、何をどうしたらいいのか分からずに逃げたという事件は大阪市西淀川区でも起きていた。

81歳の母親が布団の中で死んでいたのだが、無職の51歳の男は「どうしたらいいのか分からなかった。動転した」として、放置したまま逃げていた。

親に依存したまま30代を迎える人たちが珍しくない


2017年3月6日の茨城新聞は「引きこもりの3割が40代、初の県調査、10年以上は4割」と記事を出している。

ニートが高齢化している。20代のうちに生活を成り立たせる仕事や収入を得ることができず、そのまま親に依存したまま30代を迎える人たちが今や珍しくなくなった。

日本は1990年のバブル崩壊を経て、急速に就職口が減っていったのだが、それが深刻化したのが2000年代に入ってからである。

企業は正社員として若者を採用するのをやめて、どんどん非正規雇用を増やしていったが、それによって若者たちは安い給料で時期が悪ければすぐに見捨てられる「使い捨て要員」にされてしまった。

最初から仕事が見付からないまま、親に面倒を見てもらうしかない若者がまずニートになり、次に非正規雇用で働いていて契約が切れ、次の職場が見付からない若者がニートになった。

小泉政権が終わった後、自民党政権は大混乱して総理大臣が次から次へと替わっていき、政治の混乱は経済の停滞となって、ますます若者を追い詰めた。

不幸だったのは、この混乱をさらに加速させる民主党が2009年から2012年まで政権を取ったことだ。

日本史上、類を見ないまでの無能政党と言われた民主党は、異常な円高を放置して日本企業が破滅していくのを知らん顔をして見ていた。

そのため、雇用環境はさらに悪化して、若者の貧困は決定的になってしまったのである。最初は正社員になれれば何とか勝ち組だと言われていたが、その正社員ですらもリストラで放り出される恐怖の時代と化した。

そんな厳しい社会の中で、次の仕事が見付からない若年層も中高年も次第に心を病んでいき、気が付けば引きこもりになっていく。

茨城新聞の圏内調査では引きこもりになった「きっかけ」が、
「就職していたが失業または離職した」と「就職できなかった」
で計38・4%であったことを報告している。

自立しない子供を守るのは、本当に愛なのか?


就職氷河期だった2000年初頭に20歳だった若者は、2017年に入った現在は35歳以上になっているはずだ。

2000年代に仕事が見付からないでニートになってしまった若者は、「若年無業者」の定義である34歳を超えても、まだ仕事が見付からないまま、親の家の部屋の一室に引きこもっている可能性は高い。

こうした若者は今は親が必死で支えているが、その親もまた日本経済の衰退で疲弊しているわけで、以前にも増してニートをめぐる環境は厳しくなっていく。

親としては厳しい社会に叩きのめされている我が息子を必死で守っているのかもしれないが、グローバル化がより強烈に進んでいく現在にあって、子供を守るには子供を自立させる以外に方法はない。

IBMの創始者トーマス・ワトソンが好んで話していた教訓は、今の日本人が知るべきものかもしれない。自立しない子供を守るのは、本当に愛なのか……。

「湖のほとりに、ひとりの老人が住んでいた。ある年、湖が寒波に見舞われ、多くの野鳥は食べ物がなく飢えた。老人は哀れに思って野鳥にエサを上げるようにした。野鳥は老人のエサを待つだけになってしまった。ある冬、老人は死んだ。何もできなくなってしまった野鳥たちも飢え死にしてしまった」

老人がしたことは、正しかったのかどうか。いつまでもエサを与え続けることは良いことだったのかどうか。誰かに依存して生きる方法は正しいのかどうか。

本当に子供のことを思っている親は、恐らく親を頼ってくる子供を突き放す。それは非情に見えるかもしれない。しかし、その非情は大きな目で見ると正しいことだ。

寄生させないというのは、相手にとっても自分にとっても正しいことなのである。



「湖のほとりに、ひとりの老人が住んでいた。ある年、湖が寒波に見舞われ、多くの野鳥は食べ物がなく飢えた。老人は哀れに思って野鳥にエサを上げるようにした。野鳥は老人のエサを待つだけになってしまった。ある冬、老人は死んだ。何もできなくなってしまった野鳥たちも飢え死にしてしまった」


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