2017-01-04

今となってはもう手遅れ。次は、貧困に慣れることを考えよ


2015年の「家計の金融行動に関する世論調査」では、2人以上の家庭における金融資産保有・非保有世帯を合わせた金融資産保有額の平均は1209万円だった。

しかし、この数字はからくりがある。全員が全員1200万円程度の資産があるというのは錯覚で、資産を少ない順から多い順に並べると、その中央値は約400万円だったと金融広報中央委員会は指摘する。

つまり、実際には400万円程度の資産というのが平均であると考えるのが実情に合っている。

では、誰もが金融資産400万円があるのかというと、それもまた実情とは違っている。日銀の貯蓄広報中央委員会の2014年のデータでは、日本の家計で貯蓄ゼロの世帯はすでに31%を超えていることが分かっている。

400万円どころか「資産なんかまったくない」という世帯が、約3分の1になっているのである。

このデータをさらに追っていくと単身世帯では全体の47.6%が貯蓄がゼロであることが分かっている。持たざる層は、家族すらも持てないのだという現実がデータからも垣間見える。


金融資産の取り崩しは、とっくに始まっている


晩婚化や未婚化に加えて高齢者の独り身世帯の増加もあって、今の日本では26.8%が単身世帯と化している。つまり、今や4人に1人は単身世帯である。

その単身世帯の半分が貯蓄ゼロなのだから、日本の底辺ではいかに深刻なことになっているのかがわかるはずだ。

まったく預金を持たないで破綻してしまった高齢層の生活保護受給者も、うなぎ上りに増えている。現状を見ても分かる通り、追い込まれている高齢層が多くなっていて、非常事態宣言が出されてもおかしくない。

こうした高齢層の貧困は、一時的な貧困ではない。なぜなら高齢者は心身が衰えているのが普通であり、時期が来れば働けるようになるわけではないからだ。働けない高齢者は一生働けない可能性が高い。

その上、今は若年層も身分の不安定な非正規雇用や低賃金で苦しんでいる。そのまま30代を超えてしまうと、もう正規雇用は難しく一生を非正規雇用者として不安定な身分で苦しむことになってしまう。

こうした中で女性の単身者も増えているが、女性の場合はもっと正社員になるのが難しく、若い頃は何とかなっても30代を超えると絶望的に仕事が見付からない。

日本経済はバブルが崩壊した1990年以後、長期低迷を余儀なくされている。

そこに就職難、政治の無策、若者を非正規雇用者にする小泉政権の構造改革、グローバル化の進行、少子高齢化による人口減、2009年から2012年までの民主党(現・民進党)の円高放置……と数々の悲劇が重なって、日本の底辺で経済的弱者と生活困窮者が増大することになった。

日本人の経済的な苦境は、家計貯蓄率が2013年にいよいよマイナスに突入したことでも見て取れる。金融資産の取り崩しは、とっくに始まっている。

貧困層は増えているが、金持ちはさらに金持ちに


もっとも、金融資産を持っている裕福な世帯は2013年から2015年にかけて資産を20%以上も増やしている。

2015年の家計調査の結果で、平均貯蓄額が1805万円となって前年よりも7万円の増加となったという報道もあったが、貯蓄ゼロの世帯が増えているのに、平均貯蓄額が上がったというのは奇異な現象ではない。

端的に言えば、「貧困層は増えているのだが、金持ちはさらに金持ちになった」という現象が起きているということだ。

「持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられる」というマタイの法則が進んでいるのだ。

金持ちがより資産を増やしたというのは、金持ちが24時間働いたということを意味しているわけではない。

こうした金持ちはみんな株式資産を持っているが、この株式がアベノミクスで上昇し、さらに株式市場の総本山であるアメリカ株もまた上昇していることから労せずして資産を膨らませた結果である。

これが資本主義の中の金融のマジックで、労働力と資産の増加は一致しているわけではない。

「一生懸命に働く」という道徳は今も社会の底辺では成り立っているのだが、それが巨大な資産を生み出すことは絶対にない。巨大な資産は、「金で金を生む」というやり方で生み出す世界になっているのだ。

これが、持つ者と持たざる者の乖離を深めている。

高度成長期の時代に日本が成し遂げた一億総中流の世界は、もうとっくに消え去った。

今は、株式を大量に保有できる層がまったく汗をかかないで資産を増やし、どん底の貧困層を涼しい目で見ている荒廃した弱肉強食の世界と化している。

もはや日本は本格的な貧困を避けられなくなった


雇用は不安定になり、給料の伸びは限定的で、高齢層が引退して生活苦に追い込まれ、貯蓄ゼロ世帯も増え、生活保護受給もどんどん増えている。

少子高齢化は止まらず、年金受給者は増える一方となっており、それが故に年金財政は急激に悪化している。今や、国家予算の57%が社会保障費と国債費となっているのだから、これで国家財政が安泰だと思う方がどうかしている。

年金は破綻しないと言っているが、年金支給開始の年齢は60歳から基本65歳に引き上げている。

これを見ても分かる通り、政府は年金を破綻させないために「受給開始年齢をどんどん後にしている」というのが現状だ。そのうち、どうにもならなくなって年金額が減らされるか、年金支給額は70歳ということになるのかもしれない。

まさか70歳と思うかも知れないが、2014年5月11日、田村厚生労働大臣は「個人の選択」で年金の支給開始年を75歳程度にまで広げることができないかを検討すると述べたのを覚えている人はいるはずだ。

あるいは最近、「高齢者というのは75歳からの人を指し、65歳から74歳は「准高齢者」ということにしようという動きも出てきている。

60歳で定年を迎えた人が、仮に70歳まで年金をもらえないとなると、10年は貯金を食いつぶして生きて行かなければならないことを意味している。

しかし、10年も貯金を食いつぶしていれば1000万円ある人でも70歳になった頃は貯金ゼロになっているだろう。

ここまで来ると、何が起きているのか見えるはずだ。

誰もが気付いているが、誰もが見なかったことにしている現実。それは「もはや国に頼れる時代は完全に終わっている」というものである。

こうした現状を客観的に見ると、いよいよ日本は「本格的な貧困を避けられなくなった」というのが見えてくる。全体を見れば、社会構造は貧困に向かっている。

もう「貧困を抜け出すにはどうすればいいか」という議論は終わったと言っても過言ではない。

財政悪化を生み出す少子高齢化の問題も、低賃金を生み出す非正規雇用の問題も、格差を生み出すグローバル化の問題も、日本人は何一つ真剣に向き合うことも、考えることも、止めることもできなかった。

今となっては、何かするにしてもどれもが手遅れに近い。

そうであるならば、これからしなければならないのは、「貧困に慣れるにはどうすればいいのか」という議論である。




大阪あいりん地区のドヤ街。貧困は再び日本に定着し、蔓延する。「貧困を抜け出すにはどうすればいいか」という議論は終わった。これからしなければならないのは、「貧困に慣れるにはどうすればいいのか」という議論である。


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