2017-02-05

何も持たない状態から再起できるのか。答えは「イエス」だ


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どんな平穏な人生を送っている人であっても、失職や病気や家庭の不和や転職の失敗やその他さまざまな理由で、転落して無一文になることがある。

人生はいつどこで何が起きるのか予測できない。

平穏な人であってもそうだから、個人事業主や事業家や経営者であれば、なおさら賭けや読みの間違いで、資産を一瞬にして吹き飛ばすことが往々にしてある。

将来は誰にも分からないし、未来は誰にも読めない。事業家が読みを間違えたとしても、それは決して珍しいことではない。そして、事業家が没落していく姿もよくある話だ。

こうした人間の栄枯盛衰は私は間近で見てきたし、特に自分に近い人が成功して絶頂にあるところから、バブル崩壊に巻き込まれて資産をすべて失って茫然自失とする姿をも目撃した。

資産を失い、事業を失い、人も離れ、何もかも失い、最後に家を売って小さな賃貸に引っ越し、行く末を案じて考え込む孤独な男の姿を私は今でも忘れられない。

億単位の資産があっても、賭けに間違えるとどんなにもがいても為す術なく消えていく。そして、長い苦しみの果てに再起をあきらめる。


「もし自分が転落したら、どう生きるべきか?」


「成功など一瞬にして崩れる」というのを、私は自分の身近にいる人を通して骨身に染みるほど叩き込まれた。人はその時代、その社会の動きと無縁でいられない。人は時代に翻弄され、時代の読みを間違えれば人生は破滅する。

こうした転落は、自分の人生で無縁のものだと思ったら大間違いだ。「人生は一寸先は闇」とはよく言われるが、誰の人生にもこうした危機は必ず訪れる。

だから、私はいつも自分に問いかけることがある。

「もし、ここですべてを失って貯金ゼロの状態になったら、私は再起することができるのか。住所もなくし、誰の助けもない状態でどん底からのスタートになった時、自分はサバイバルできるか?」

もともと私は一匹狼であり、孤独であり、助けてくれる人はいない。だから、私自身はいつでも転落する可能性がある。この問いかけは私自身にはとても重要なものではある。

私は若い頃から東南アジアのスラムに好んで沈没し、あるいは貧困の街を転々とさまよって、「もし自分がここに転落したら、どう生きるべきか」をずっと考えてきた。

あるいは、山谷や寿町やあいりん地区と言った「ドヤ街」を何度も見にいき、時にはそこに泊まり、街を見つめ、やはり「堕ちたら再起できるか?」を考えてきた。

何もない状態から私は生き残れるか。人脈や学歴や才能が使えず、何も持たない状態から私は再起できるのか。

私の答えは、常に「イエス」である。

仮に私が低賃金の労働者と化しても、私はそこで生き残り、ステップを踏んで確実に這い上がる能力は今の自分に持ち合わせていると信じている。

なぜ、私がそう断言できるのか。それは私自身が「資本主義での正しいもがき方」を知っているからだ。私なら具体的にどうするか。



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