2017-03-15

肥大化した組織が自壊する5つの理由と、小さな組織の台頭


ソニーは輝きを失い、シャープは自壊して他国の企業に買収され、名門だった東芝は今や企業の存続すらも危うい状況となっている。

前任者の粉飾すらも指摘できない判断能力に劣るサラリーマン社長が、誤った判断で突き進んで会社を傾けて従業員を路頭に迷わせているのだ。

平穏な時代では世の中を圧倒するのが巨大企業だが、混沌の時代になった時は急激に傾いていく。巨大さがアダになって身動きが取れなくなる。

企業、グループ、国家、文明は、それがいったん軌道に乗ると、どんどん発展し、大きくなっていく。成功すればするほど、組織は肥大化し、複雑化していく。

科学、医学、文化、システムも同じだ。それがいったん軌道に乗ると、どんどん機能が付与されていき、巨大化していく。そして、ありとあらゆる機能を飲み込んで、複雑化していく。

こういったものが膨れあがっていく時というのは、成功しているときである。成功しているときは、成功を極大化させるために、膨張することが善になる。

組織はより巨大になれるように、アメーバのように触手を伸ばしていろいろなものを取り込んでいく。システムもより利便性が高まるように、周辺機能を次々と取り込んでより包括的なものになっていく。

それが成功に次ぐ成功を生み出しているとき、組織やシステムの巨大化は止めることができず、巨大化する動きが暴走していく。その結果、どうなるのか。


巨大化と複雑化に足を取られて身動きできなくなる


巨大化したものは、ある時点で身動きできなくなる。巨大化には限度がある。これはすべてに当てはある。巨大化したものは動きが鈍重となって状況が変わっても対処できなくなってしまうのだ。

複雑化すると言っても、複雑化には限度がある。その限度まで成長すると、それ以降は巨大さと複雑さ故に自壊が始まる。たとえば、マイクロソフトのウィンドウズも、巨大化と複雑化に足を取られてスマートフォンの時代に乗り遅れた。

世の中は変わる。時代は変わる。ある日、突如として何らかのパラダイムシフトが起きて、新しい流れに変わる。

そんなとき、巨大化・複雑化した組織やシステムは方向転換することができず、取り残されてしまう。

方向転換しようにも、あまりにも図体が大きくなりすぎて曲がれない。うまく時代に合わせることができない。自らの巨大さが致命傷になってしまうのだ。

大きく成長しすぎた組織・システムは、何でもそうだが、次の5つの点で自壊していく。

(1)複雑化して手に負えなくなる
(2)巨大化して手に負えなくなる
(3)老朽化して手に負えなくなる
(4)しがらみで手に負えなくなる
(5)コスト上昇で手に負えなくなる

複雑化したものは、その複雑さゆえに全体を把握することができず、一箇所に手を加えたら予期せぬ部分で問題が発生したりする。

細部が見えないので、何がどうつながっているのか分からず、悪影響が予測できなくなる。

そのため、「うまく動いているものは触るな」という扱いになり、手に負えなくなるその瞬間まで何も変えられずに自壊を余儀なくされるのだ。

巨大化したものは「現状維持」がモットーになる


時代に合わせてどこかを変えようと思っても、どこに影響が出るのか分からない。だから、巨大化した組織・システムは必ず「現状維持」がモットーになる。

その結果、ますます存在が老朽化していく。それが分かっていても、それ自体が安定しているのでもう変えられなくなってしまっているのである。

しかし、どのような形で現状維持をしたとしても、それが意味をなさないほど老朽化する日が来る。それを維持すること自体が負担になり、コストに耐えられなくなる。

世の中はどんどん新しいものに取って代わられ、次世代が明らかになっているので、巨大化した組織・システムは、いずれ見捨てられる。それは「古臭い」ものの代表となって、存在自体が嘲笑される。

だから、現在の「巨大化した組織」「巨大化したシステム」を見ても、その巨大さが永遠に続くと思ったらいけないのである。

それがまだ膨張しているとしても、次のパラダイムシフトがきたら、巨大化しているが故に見捨てられてしまうものかもしれないからだ。

日本人は、いつの時代でも「巨大化した組織」「巨大化した存在」に畏怖を抱き、小さなものよりも大きなものを尊ぶ気質がある。

たとえ、その巨大な存在が、すでに「現状維持」に入っていて、時代遅れになっているのが明白であっても、巨大さは永遠に維持できると思ってしまう。

10年前まで日本の家電メーカーは学生たちの人気の就職場所で、エリート学生はみんな家電メーカーに入ったが、巨大さに幻惑されて、それが時代遅れの落ち目の組織であることに気付かなかった。

学生はいつも「時代の寵児」になっている企業を選ぶのだが、その時代の寵児はその時が絶頂期で、あとは衰退するだけの存在であることが多い。

それが維持できなくなった瞬間に「終わり」


バブル真っ最中の頃、学生に人気の就職先は金融機関や建設会社、不動産会社だった。誰もがそこに就職したいと願い、銀行員や不動産屋になりたがった。

しかし、バブルが弾けて最も痛手を被ったのは言うまでもなく、金融機関、建設会社、不動産会社であり、当時の学生はババを引いただけで終わった。

2000年以降は、証券会社や投資会社が時代の寵児になって、誰もがそういった会社に入りたがった。しかし、2008年のリーマン・ショックがやってきて、これらの企業は一気に経営悪化に追いやられて、リストラの嵐が吹き荒れた。

巨大化に幻惑されると、人生を誤る。巨大化した存在は、安心や安泰を保証するものではないし、ましていつまでも巨大な存在でいられるわけでもない。

巨大な組織だから安心だと思ってそこに寄りかかろうとした人間たちにとっては予想外だったかもしれない。

しかし、巨大な組織、巨大なシステムを抱えた組織は、巨大化・複雑化に足を取られ、それが維持できなくなった瞬間に「終わり」なのである。

巨大化した存在に憧れや幻想を持つのは、ほどほどにしなければならない。また、小さな存在を甘く見てはならない。

世の中を変えるのは、最初はいつも「小さな存在」だ。日本は今、大きな転換期にあるが、日本を変えていくのはすでに肥大化した組織ではない。まだ無名の小さな組織である。小さなものが、巨大なものを動揺させ、崩壊させていく。



苦境に堕ちていく東芝。巨大化した存在は、安心や安泰を保証するものではないし、ましていつまでも巨大な存在でいられるわけでもない。

お願い

ダークネスTIGAの本文の全文転載は、いかなる理由があってもお断りします。
本文の舞台、参考になる写真がありましたら、提供いただければ嬉しく思います。感想やご意見も、お待ちしております。趣旨に合うものについては、積極的に反映していきたいと考えております。(メールはこちら