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2017-04-21

マリーヌ・ルペンがフランス大統領選を制する流れになるか


フランス大統領戦の最中、シャンゼリゼ通りで警察官が銃撃されて1人が死亡、2人が負傷するという事件が起きている。

この事件のすぐ後に、イスラム超過激派組織のISIS(イスラム国)が「攻撃を実行したのは我々だ」と主張し、この事件がテロであることが濃厚になった。

フランスはここ数年で数々のイスラムのテロに見舞われているのだが、そんな中でじりじりと支持を伸ばしているのがマリーヌ・ルペン党首が率いる国民戦線(FN)である。

2016年はイギリスのEU離脱、ドナルド・トランプ大統領の登場と、政治の世界で次々と番狂わせが起きていたが、マリーヌ・ルペンがフランスの大統領になる可能性はゼロではなくなってきているのが現状だ。

マリーヌ・ルペンの政党「FN」はグローバル・メディアから危険視されており、紹介されるときは常に「極右政党」と言われる。極右と言われる理由は、この政党が一貫して「反EU」「反移民・難民」を掲げているからだ。

グローバル・メディアは徹底した多文化主義である。昔からそうで、今後もそれは一貫して続いていく。

分かりやすく言えば、グローバル・メディアが多文化主義や移民政策を世界中に押しつけており、それに反発する保守主義者はすべて「極右」と言うレッテルを貼っている。


マリーヌ・ルペンがヨーロッパに突きつける問題


「フランスはフランス人の国だ。キリスト教徒の国だ」
「フランスにイスラム教徒の移住が必要なのか」
「ヨーロッパはすべて多文化主義である必要があるのか」

それがマリーヌ・ルペンが全ヨーロッパに突きつけている「問題点」である。

フランスの文化的な成り立ちを無視して、大量の移民が続々とやってきて教会にも帰属しない。それどころかフランス国内で、異文化イスラムの宗教を絶対的に信奉してキリスト教に敵対すらしている。

政府もマスコミもそれを容認して、移民排斥の感情は「人種差別主義」とレッテルを貼って何も言えないようにしている。

フランスが昔から培ってきた宗教、文化、共同体が否定されて、変質を余儀なくされている。

マリーヌ・ルペンは、それが我慢できないと叫んでおり、そしてそれがフランスの底辺で支持されるようになってきているのである。

マスコミは狂ったようにこう伝えている。「狂信的な政治思想」「極右」「原理主義的狂信者」「差別主義者」……。

しかし、これらのレッテルはあまり本質を表していない。フランスの今までの文化を大切にしたいとうのがマリーヌ・ルペンの主張している基本的な哲学だからだ。

現在、ヨーロッパのあちこちで同じような「考え方」が若者を中心に広がり、大きな政治的勢力になっている。



マリーヌ・ルペンの政党「FN」はグローバル・メディアから危険視されており、紹介されるときは常に「極右政党」と言われる。極右と言われる理由は、この政党が一貫して「反EU」「反移民・難民」を掲げているからだ。

「自国の歴史や文化を守りたい」は、今や極右思想


国民戦線をはじめ、欧州の各国で生まれている「自国の歴史や文化を守りたい」という動きは、グローバル・メディアにおいては常に、「危険な極右の躍進」とあからさまに否定的な書かれ方になる。

しかし、極右と言われている団体の中身を検証すれば、差別をしているというよりも、「多文化主義が国家国民のアイデンティティを崩壊させる」と考えていることが分かる。

多文化主義によって文化がバラバラになり、国家が体を為さなくなるという心配が普通の人たちにあるのだ。

しかし、グローバル系のマスコミはその民族主義的な考え方を一方的に「極右」と吐き捨てている。

今、世界ではいよいよ「多文化主義と民族主義」の戦いになりつつある。世界をひとつにして、国をも崩壊させようとする国際主義と、国を守ろうとする民族主義の戦いだ。

グローバル・メディアは、そういった戦いがあるということ事態を知らしめるのを嫌っていて、まったく対立構造を報道しようとしない。

だから、非常に危険な対立が起きているにも関わらず、多くの人はまだこの対立が「世界の潮流」になっていることを、強く認識することがない。

しかし、グローバル・メディアがどんなにこの対立を隠したり、民族主義を極右と吐き捨てたり、矮小化したりしても、現実に起きていることを隠しきれるとは思えない。

多文化主義の押しつけが激しくなればなるほど、逆に民族主義者の反発も強いものになっていく。

どちらが正しいとか間違っていると言う前に、グローバル・メディアによって無理やり押しつけられたものに、巨大な反発が起きているのが現状だ。


多くの人々が多文化主義に反発をしている理由


それにしても、なぜ多くの人々は多文化主義に反発をしているのだろうか。考えてみれば、それほど難しい感情ではない。

人々は同じ宗教の中で育ち、それが共同体(コミュニティ)と文化を創り出してきた。そして、多くの国民は基本的にはそこに安定感を見い出している。

なぜ、同じ共同体で暮らすのが良いのかというと、基本的にそれが一番「摩擦と憎悪と対立を生まない」からである。同じ共同体で暮らすことによって、人々は今まで無用な対立を避けていたのである。

隣の人が、まったく違う人種で、まったく違う文化で、まったく違う言語を話して、まったく違う宗教だったら相互理解が難しくなる。

自分のしぐさや言動が相手にどう伝わるのか、また相手の言動が何を意味するのか分からない。誤解も生じる。言葉が通じなければ、気軽に話しかけることすらできない。つまり、あまりに隣の人が違っていると、淡々とした日常生活が送れない。

しかも、相手はこちら側に融和するつもりがないのに、権利だけは主張する。そして、自分たちの主張が受け入れられないと「差別だ」と騒ぐ。

あげくの果てに、テロや暴動を引き起こして治安を極度に悪化させる。

グローバル・メディアの言う多文化主義の押し付けは自然ではなく、国民感情に合致しておらず、人々は次第にこうしたものに背を向ける流れが起きているのである。

しかし、今の欧米では「多文化主義は反対だ」と気軽に言うことができない時代になっている。なぜなら、「差別主義者」「極右」とリベラルの人間たちに名指しされてしまうからである。

マリーヌ・ルペン党首が率いる国民戦線(FN)は「それはおかしいのではないか」と真っ向から主張して、フランスで大きな勢力になろうとしている。

マリーヌ・ルペンが大統領になれば、フランスがEUを離脱する可能性も出てくる。アメリカ人がドナルド・トランプを選んだように、フランス人はマリーヌ・ルペンを選ぶだろうか。


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(クリックで画像拡大)欧米はリベラル思考に激しく苛立つようになっている。そうした苛立ちがこの風刺マンガでも理解することができる。


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