2017-07-21

マキャベリを学ばず、三島由紀夫を忘れた日本が今の末路だ


今の日本はまともに機能していない。中国・韓国・北朝鮮の反日がますます深まっている中で、日本は憎悪と侵略の対象になっているのに、国家はそれに対応できていない。

これらの国家は、国益のために謀略や策略を縦横無尽に駆使して日本を陥穽にはめている。

中国ではこうした策略を「超限戦」として展開しており、全世界で謀略による強欲な国益の追求を行っている。

中国・韓国・北朝鮮が歴史プロパガンダを仕掛けて来ているのも、言うまでもなく「超限戦」の一貫である。それによって日本を永久に責め立て、叩きのめし、謝罪と賠償を毟り取る戦略を取っている。

中国はアヘン戦争でイギリスに激しく蹂躙されているのだが、そのイギリスに対してはまったく歴史プロパガンダを展開しない。しているのは日本だけだ。

なぜか。日本はこうした恫喝を突きつけられれば、すぐに謝罪し、莫大な金額を賠償するからである。真心を持って謝罪し、相手に歩み寄れば友情が築けると日本人は考える。

実態はそうではない。国家間に友情などない。国益を巡る駆け引きと謀略と争いで成り立っている。


対立する国家に契約を守らせるには方法がある


「国家間に友情などない」と言ったのは、マキャベリである。愛と友情が人類にとって美しいものであることくらいは誰でも知っている。

しかし、マキャベリは徹底した現実主義者だった。現実という非情な存在は、愛と友情で動いているわけではないと読み切っていた。(「隣国を援助する国は滅びる」マキャベリの予言が襲いかかる

駆け引きと謀略と争いは、日本人にとっては非常に苦手なものだ。策略や謀略によって基本的に相手をワナにはめるというのは、日本人の国民性と相容れない。

そのため、日本人は一方的に策略を仕掛けられて窮地に陥るような目に遭っている。何度も何度も侵略国家に仕掛けられ、金を毟り取られている。策略を見抜けず、後でワナにはめられたと知って臍をかむ。

裏切られないように契約を交わしても、ただそれだけでは何の意味もないことを日本人は分かっていない。

本質が分かっていないから、岸田文雄外相のように「不可逆的に解決」という言葉を入れて日韓合意をすれば問題が解決すると思い込んだりする。

対立する国家に契約を守らせるには方法がある。

それは、周辺に強大国家に囲まれているイタリアで辛酸を嘗める思いをして、そこから数々の洞察を生み出したマキャベリがすべてを知っている。

マキャベリが何を言っているのか、日本人や日本の政治家はもう一度よく学習する必要がある。マキャベリはこのように言っている。

「歴史に残るほどの国家なら必ず、どれほど立派な為政者に恵まれようとも、二つのことを基盤においた上で種々の政策を実施した。それは、正義と力である。正義は国内に敵を作らないために必要であり、力は国外の敵から守るために必要であるからだ」

日本が欠けているのは「力」の部分、すなわち武力である。契約が守られなければ武力が出てくると分かった時点でのみ、対立する国家の契約は順守される。

「恩恵によって怨念が消える」は大間違いだ


契約が「力」によって拘束力を生み出すというマキャベリの理論を具現化しているのがアメリカである。

アメリカの力の源泉はドル通貨基軸にあるのだが、世界中でドル決済を守らせることによって、アメリカは大量にドルを発行して世界中の富を吸収している。

実質的な富を吸い上げ、紙切れとしてのドルを相手国に渡して繁栄しているのである。

私たちが資本主義と呼んでいるのは、何のことはない「アメリカ一極集中資本主義」である。現代の資本主義で儲けるには、最終的に「アメリカに投資しなければならない仕組みになっている」のである。

それに反旗を翻すとどうなるのか。アメリカは、軍事力でもってその国を破壊していく。ドル通貨基軸という約束事は「力」によって拘束力を持たせている。

それであれば、日本が韓国ごときの国で日韓合意みたいなものですらも守らせることができないというのは「何が足りないのか」は明白だ。

「守らなければ力で粉砕する」という現実があって初めて契約は拘束力を持つ。それがないから、日本は中国・韓国・北朝鮮に好き勝手にやられているのだ。

誠意で物事は動かない。誠意で相手の怨念は消えない。これについても、マキャベリは『君主論』でこのように言う。

「最近に与えた恩恵によって、以前の怨念が消えるなどと思う人がいたならば、その人は取り返しのつかない誤りを犯すことになる」

日本は韓国に賠償金を与え、中国にODAという無償援助を行い続けてきたが、それで相手の怨念は消えたのか。まったく消えていない。恩恵を与えて和解が生じると思う方がどうかしている。

憎悪・怨念・恨みと言ったものは消すことができない。消せないものを求めるのは理性ある判断ではない。消せないのであれば、別に消す必要がない。

「好かれる必要がない」ということだ。マキャベリはこのように強調する。

「たとえ一般には美徳のように見えることでも、それを行うことによって破滅につながる場合も多い」

「力は国外の敵から守るために必要である」


マキャベリが言う「力」は、傭兵によって成り立っている軍事力ではなく、自国民によって成り立っている軍事力であることが『君主論』では何度も言及されている。

なぜか。それはマキャベリが自分の指揮する数年に及ぶ戦争が国益のために本気で戦う気のない傭兵によって無残にも敗北したことに端を発している。

傭兵は本当の軍隊ではない。いざとなったら逃げる。「自国の軍を持つ必要性」は、勝つための必須条件だということをマキャベリは骨身に染みて知ったのである。だから、このような言葉が記されたのだ。

「自らの安全を自らの力によって守る意志を持たない場合、いかなる国家と言えども、独立と平和を期待することはできない。なぜなら、自ら守るという力量によらずに、運にのみ頼るということになるからである」

そして、このように結んでいる。

「人間世界では、自らの実力に基礎をおかない権勢や名声ほど頼りにならないものはないというのは、いつの世でも応用可能な賢い人々の考えであり、評価であったと思う」

戦後70年、日本はずっと軍事力をアメリカに依存してきたのだが、それが今や日本に大きな問題を引き起こしている。その問題とは日本の外交力の低下に尽きる。

日本を軽んじても契約を履行しなくても構わないと思われているのは、結局のところ単純な問題に行き着く。

「自らの安全を自らの力によって守る意志を持たない場合、いかなる国家と言えども、独立と平和を期待することはできない」というマキャベリの洞察がそのまま日本に当てはまっているのだ。

これを1970年に喝破していたのが三島由紀夫だ。三島由紀夫はこのように訴えていた。

「今、日本人がだ、ここでもって立ち上がらねば、自衛隊が立ち上がらなきゃ、憲法改正ってものはないんだよ。諸君は永久にだね、ただアメリカの軍隊になってしまうんだぞ」

三島由紀夫は「アメリカの属国のままでいる日本」という存在が許せなかったので、自衛隊を蜂起させて「独立していて、強く、自尊心を持った侍としての日本」を再び取り戻したかったのである。三島由紀夫は真の憂国の人であった。

しかし、自衛隊は突如として現れてバルコニーで演説する三島由紀夫と共に蜂起することを拒絶、三島はクーデターが失敗したことを知ると、自ら切腹して侍のように死んでいった。

日本は三島由紀夫に応えなかった。マキャベリの思想の本質も知ろうとしなくなった。そして今、日本は「力は国外の敵から守るために必要である」という当たり前のことを忘れて今もまだ苦しんでいる。



日本は三島由紀夫に応えなかった。マキャベリの思想の本質も知ろうとしなくなった。そして今、日本は「力は国外の敵から守るために必要である」という当たり前のことを忘れて今もまだ苦しんでいる。


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