2018-01-04

安物地獄に溺れると、自分もまた安物と同化して安物になる


貧困層は、あらゆる局面で社会の仕掛けたワナに転がり落ちるようになっている。

良かれと思った選択が実はその場しのぎの選択でしかなく、長い目で見ると結局は自分で自分の首を絞める結果となっていくものが多い。しかも、それに気づけない。

たとえば、この世には安いジャンクフードやスナック菓子が溢れている。安くて腹が膨れるのだから、貧困層から見るとそれはとても素晴らしいものに見える。

しかし、こうしたジャンクフードやスナック菓子は添加物まみれであり、脂質や塩分や糖分がたっぷりまぶされている。そのため、糖尿病や心臓病を誘発しやすい体質となり、普通よりも早く老いて健康を害することになる。

また異常に偏った食生活を続けていると、精神的な病気をも引き起こすきっかけになることも知られている。

薬学者の生田哲氏は、白砂糖のような精製化された添加物が鬱病などを引き起こすといくつかの著書で記しており、「健全な精神は健全な食事で作るべき」と説いている。

また、ジャンクフードは「キレやすい子供」を作り出すとも言われている。安物ばかり食べていると、肉体的にも精神的にも問題を引き起こす元凶になるのだ。


「安い」のは、安いなりの理由があることに気付け


しかし、貧困層ほどジャンクフードやスナック菓子を好むのはよく知られている。なぜなら、それが自然な食材よりも圧倒的に「安い」からである。

健康に悪くても、精神を変容させるとしても、「ただちに問題がある」わけではない。それを一度や二度食べたくらいで身体がおかしくなるわけではない。

インスタントラーメンを食べ続けても、短期的な変化は無視できるほど微細なものだ。だから、貧困層は安さに釣られて、長期で見ると問題を引き起こすと分かっている安い食品を食べ続けるのである。

「安い」というのは裏にワナが待ち受けている。長い目で見ると自分で自分の首を絞めることになるのだが、短期で見ると何も変わらないのでそれを選択する。

安いと言えば、100円ショップは文字通り中国製や韓国製の安物が大量に並べられている場所でもある。何でも100円で買える。衣類も化粧品も文房具も、みんな100円で買える。

そのため、貧困層の中には100円ショップでしかモノを買わないという人すらも現れている。ジャンクフードやスナック菓子も売っていて、こうしたものも100円で気軽に買える。

しかし、この100円ショップもまた長い目で見ると貧困層のワナになる。

100円ショップで売っているような安物ばかりを買い続けていると、長期的には大きな損失につながっていく。(100円ショップでの安物買いが、人生を破綻させる5つの理由

たとえば、低価格の商品だけしか買わないようになると、後から低賃金というしっぺ返しがやってくる。

当然だ。低価格を実現するためには最大のコストである人件費を削らなければならないのだから、人々が低価格に群がれば群がるほど、仕事はどんどん低賃金にシフトしていく。

「低価格の横行=低賃金の横行」なのである。しかし、人々はこのような単純な社会の仕組みが見えない。なぜなら、安いという喜びに包まれて我を忘れるからだ。

長い目で見ると結局は自分で自分の首を絞める結果になるのだが、それが「見えない」のである。

誰も100円ショップの危険性に意識を向けない


安物ばかりが溢れてダメージを受けるのは高級品ではない。高級品はそのブランド力で安物が蔓延すればするほど生き残ることになる。

安物でダメージを受けるのは、適正価格で売られている商品である。

適正価格というのは品質を維持し、手間をかけ、きちんと安全の確認も為され、それでいてほどほどの値段に抑えて売られているものだ。

こうした商品が安物の台頭で駆逐されて消えていき、そうした商品に深い知識を持った店も店員も同時に消えてしまう。後に残るのは粗製濫造されてすぐに壊れる安物だけだ。

最近、品質に評価のあった日本企業の製品に欠陥が目立つようになり、日本製品の信頼性が急激に失われるような事件が多発している。

これは、多くの貧困層が安物しか買わないようになって安物ばかりが流通したので、日本企業がコストをかけて品質を維持する努力を放棄したのも一因にある。

日本人が安物に群がることで、品質を第一にする日本人の根幹が徐々に崩れ去っていき、日本人が日本の強みを忘れて自滅している姿がここにある。

にも関わらず、誰も100円ショップの危険性に意識を向けないのは、それが日本を自滅させていく元凶になっていることにまったく気づけないからである。

100円ショップの弊害はまだまだある。

「100円ショップで節約できる」と貧困層は考えるが、実際にその行動を見るとまったく節約になっていないことが多い。なぜなら、1個の商品は安いのでついつい「あれもこれも」と不必要なものを買うからだ。

目的のものを1個だけ買って帰るということをしない。すぐに壊れる粗悪品を何個も買って、「安物買いの銭失い」という結果になる。これではまったく節約になっていない。

しかし、節約になっていないと気付かない。

こうした無駄な消費行動も、長い目で見ると自分で自分の首を絞める結果となるのだが、やはりそれが見えない。

安物を買うという習慣ができると逃れられない


ところで「貧困層はモノを買えない、モノを持っていない」というのはひと昔の話だ。

安物の工業製品が無駄に大量生産されて激安で売られる現代は、まったく違った光景になっている。貧困層は逆にモノで溢れているのである。

「必要だから買う」のではなく「安いから買う」というトリックに引っかかっている。安物が大量に売っていて、それを買える。だから、安物を買って不必要なもので溢れる。

安物は中途半端な壊れ方をするので、それを捨てるのは惜しいと思って取っておき、結局は使わないままずっと部屋の片隅に置かれてどんどん不要品が溜まっていく。

また、安物はすぐに使えなくなるので、次々と買わなければならなくなる。そのために貧困層の部屋にはどんどん安物の製品で埋もれて、やがては収納できなくなって部屋の片隅に積み上げられるようになる。

モノをたくさん抱えれば、物理的にも精神的にも身動きできなくなる。しかも抱えているのは安物ばかりである。愛着が湧かないものに囲まれる。

そうなれば、やっと「安物買いのワナにはまった」ということに気付くようになるのだが、すでに安物を買うという習慣ができているので、そこから逃れられない。

「長い目で見ると結局は自分で自分の首を絞める結果」というのは、これを指している。安い物を買って得したいと思うあまりに、むしろ自分で自分の首を絞める結果となっているのである。

「安物ばかり買うのは弊害がある」という事実は、貧困層ほど知らなければならないのだが、貧困層ほど弊害が認識できないようになっている。一番気付かなければならない人間が、一番気付けない。

別に高級品を買えと言っているわけではない。適正価格がどこにあって、どれがきちんとした商品なのかを見抜く賢い消費者に脱皮しなければならないのだ。

そうしないと、いつまでも安物地獄に溺れたまま、自分もまた安物と同化して安物になっていく。



「安物ばかり買うのは弊害がある」という事実は、貧困層ほど知らなければならないのだが、貧困層ほど弊害が認識できないようになっている。一番気付かなければならない人間が、一番気付けない。




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